パリのレストラン、日本人なしでは成り立たぬ?パリのフランス料理界で日本人の若手料理人たちが旋風を巻き起こしている。 日本人がスターシェフを目指した1960年代以降の動きと違い、ビストロやワインバーなど大衆的な店の バスチーユ広場から東へ徒歩で約10分。日本人とあまり縁のない一角に、地元客が集まるワインバー「レスト・ザンク」がある。 その厨房を、仙台市出身の高橋 「毎晩メニューは替えるし、50食は調理します」と高橋さん。サービス係のニコラ・ペランさん(29)は、「何人もシェフを見てきたが、彼が一番。繊細さ、優雅さが息づいている」と太鼓判を押す。 高橋さんが高校を出た90年代半ば、日本は就職氷河期だった。「未来は暗い。会社勤めより手に職を持て」と洋菓子店を営む伯父に促され、料理を志す。国内で修業し、2006年に渡仏。数店を渡り歩いた末、仕入れ、買い出し、調理、掃除のすべてを任せてくれるこの店に落ち着いた。 高橋さんのような日本人が増えている。日本人の料理人が何人いるのかの「統計はない」(仏移民省)が、業界に詳しい料理人、稲沢尚徳さん(28)は「レストランガイドの『ミシュラン』で3〜1個の星が付く高級店なら最低1人は日本人がいる。それ以外も含めると1000人単位になるのでは」とみる。 多くは、漫画「美味しんぼ」やテレビ番組「料理の鉄人」を見て育った世代。料理人は英雄だ。高橋さんも稲沢さんも、「いつかはフランスで自分の店を出したい」と口をそろえる。 もちろん、楽な道のりではない。見習いの間は店の屋根裏に寝泊まりし、まかない料理で腹を満たす。たまに星付きの店で豪快に食べて勉強する。 この10年来、日本人を雇っているパリ5区「ラ・トリュフィエール」のシェフ、ジャンクリストフ・リゼさん(34)は、「日本人は自国の料理の伝統・文化をよく知っているから、仏料理も早く理解する」と証言する。厨房の2番手、武田常嗣さん(35)は、「シェフの料理を仕上げるのが自分の役目」と忠誠を誓うから、信頼も厚い。仏料理を愛する日本人と店は相思相愛の関係だ。 素材重視の色彩豊かな料理で知られる16区の三つ星店「アストランス」のシェフ、パスカル・バルボさん(37)は、「日本の料理人と素材の使い方や技術についてアイデアを交換するのが好き」と言う。その交流から、利尻昆布やかつおだし、玄米など日本の食材を大胆に採り入れた。 日本人なくして成り立たないパリの店は、かなりの数に達したように見える。(パリ 林路郎) (2010年8月16日07時42分 読売新聞)
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